2026年03月31日

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。ハルメクeventsでは、参加者が提出した作品の中から山本さんが選んだ「みなさんに読んでもらいたい作品」を公開しています。
第11期3回目のテーマは「無題(ご自由に書いてくださいまし)」。浅井京子さんの作品「柿の木」と山本さんの講評です。
今年は柿のサンタさんはいつ来るのかな。
母方の祖父母宅には大きな柿の木があり、毎年たくさんの柿が実った。その柿を米袋に詰めて毎年持ってきてくれた祖父。自家用車のない時代、祖父の家から最寄り駅まで徒歩10分くらい歩き、我が家の最寄り駅からは20分以上だったと思うが、祖父は柿の実を背負って届けてくれた。
「おじいちゃんは、柿のサンタさん」
と、私たちは1年に一度の祖父の訪問を楽しみにしていた。
あんな大変な思いをして柿を届ける祖父は何を考えていたのだろうか。無口で物静かな人であった。明治生まれ当時50歳代だったのである。母は8人兄弟の長女、祖母が母を産んだのは10代後半であったという。2つ違いの祖父も20歳そこそこだったのだろう。
小さいころ、よく祖父母の家で過ごしていた。庭は農家の作業場も兼ねていたから広く、自宅続きの畑は少し高いところにあり、農作業で使う道具を入れる小屋があった。私が4、5歳頃だったか、買い物に行った祖父が三輪車を買って帰ってきた。特に誕生日でもなく、理由は解らないが長く両親のもとを離れている私を不憫に思ったのだろう。何故祖父母宅で長く過ごしていたのかもはっきり覚えていない。2歳違いの妹の身体が弱かったからだと私は勝手に考えていた。
翌日から三輪車で上の小屋から下まで30メートルはあっただろうか、三輪車で勢いよく降りるのが私の楽しみのひとつになった。途中には大きな柿の木があり枝を広げていた。柿の木を避けて突き当りの大きな小屋を目指す。小屋にはたくさんの稲わらが積んであった。その稲わらを目指して勢いよく三輪車で駆け降りる。風を切って駆け降りる気持ちよさは格別であった。楽しくて楽しくて、何回も何回も飽きることはなかった。頬にあたるさわやかな風。周りの庭木が飛ぶように過ぎていく快感。稲わらの柔らかさ、縁側でお茶を飲みながら私を見守る祖父母の笑顔。
祖父母の年をはるかに超えた今でも、秋オレンジ色の柿がみのる季節になると、何故か祖父母の笑顔と大きな柿の木、三輪車で駆け降りたときの頬にあたる風の心地よさを思いだす。