2026年08月31日

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。ハルメクeventsでは、第12期にご参加のみなさんが提出した作品の中から山本さんが選んだ「みなさんに読んでもらいたい作品」を公開しています。
第12期2回目のテーマは「そろそろ」。前田もとこさんの作品「天水」と山本さんの講評です。
早朝から雷が鳴り響く。
やっと雨が降ろうとしている。灰色の雲に黒い雲が重なってきた。
梅雨明けから1ヶ月、ほとんど雨が降らなかった。外は痛いほどの暑さだ。それでも少しの時間でも庭にでなければならない。
1日忘れただけでもうだめかもと思うくらいしおれてしまったプランターへの水やり。プランター植え初挑戦のミニトマトが実をつけようがつけまいがもうどうでもいい。枯れさせてなるものかとただただ水をかけている。
半日陰になるようにと鉢を軒下にうつしたメダカ。餌やりと冷たい水でときどき水温を下げる。そのメダカが昨日1匹死んだ。たった3匹しかいないそのうちの1匹だ。何年も生きたのに……。そろそろ鉢の水を替えてやらねばと思いつつ、暑さで重い鉢にむかう元気がなくて1日延ばしになっていた。そのせいかもしれない、悔やまれる。
きびしい暑さが続きわたし自身もだんだん体の動きが鈍くなっている。できれば何もしたくない。それでもお腹空いて、ご飯の時間はやってくる。やっとのおもいで台所にむかう。水道をひねって洗い物を始めると、これが予想外に心地よい。無駄に水を流しながら、手を浸している。子供の遊びと同じじゃないか。水に触れると気持ちがシャキッとして元気がでる。バシャバシャと水滴を飛ばしながら始めた料理は機嫌よく進んだ。
ポツ、ポツリと振り出した雨があっというまに土砂降りになった。雷が天のあちらこちらで低い音をたてつづける。降れ。地面の深くまでしみるように。少しの雨ではカラカラの大地は潤わない。心の中で声をかけながら滝のように落ちる雨を見ている。先日庭の草が茶色くなっているのを見た。強いといわれる野の草であってもこの暑さはこたえるらしい。草にも水をかけてやりたい気分であった。喜んでいそうだ。
雨が降った後は、不思議なことに体が軽い。草木のように直接雨を浴びたわけではないのに、なぜか元気になっている。ほんの少し気温も下がったし、雨のあとの大気になにかしらの力がありそうだ。
体が動く。メダカをバケツに移し、鉢の水を何度もすくいだす。少し軽くなったところで、鉢を移動させてきれいに洗った。たったこれだけのことが、とりかかれなかったのだ。もうしわけない。
掃除を終えた鉢に水を入れる。地下水の冷たい水だ。生き返るような水だが、水温が上がるまで待たねばならない。
よし、完了。メダカが、泳ぐ。
この作品に、この夏潤いをいただきました。
水道をひねって洗い物を始めると、これが予想外に心地よい。
降れ。地面の深くまでしみるように。少しの雨ではカラカラの大地は潤わない。心の中で声をかけながら滝のように落ちる雨を見ている。
よし、完了。メダカが、泳ぐ。
というくだり、うまいなあ……と唸りながら読みました。
観察眼の確かさ、対象と書き手との距離感、お見事です。
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。