2026年06月30日

<ハルメク エッセー講座作品集>「今日生きていた証」堺なおこさん


随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。ハルメクeventsでは、参加者が提出した作品の中から山本さんが選んだ「みなさんに読んでもらいたい作品」を公開しています。
第11期6回目のテーマは「ポケット」。堺なおこさんの作品「今日生きていた証」と山本さんの講評です。


今日生きていた証

娘2人がまだ幼かったころ。
気がつけばポケットの中に、なにかが必ず入っていた。
砂だの小枝だの、時にはセミの抜け殻だの。
何かを拾い、何かをしまい、何かを持ち帰る。
子どもは、理由を説明できない。
でも、娘たちのポケットには「今日も元気に遊んだ証」が残されている。


69歳の私のポケットには、レシートや飴玉、小さなメモ紙が沈んでいる。今日の買い物だの、テレビショッピングの電話番号だの、時にはくしゃくしゃに丸めたティッシュまで……。
つまりすべてが「たいしたことのないもの」。
でも、そこには「今日生きていた証」が、静かに重なっている。


仕事の数だけ、違うポケットの中身がある。
郵便配達員のポケットには、人と人をつなぐための橋渡しの道具が入り、警察官のポケットには、社会の秩序を守るための備えがある。
救急隊員のパンツのポケットには、一秒を争う現場の生命線が詰まっている。
「国境なき医師団 MSF」への支援スクラブ(医療ユニフォーム)のポケット脇には“I support MSF”と書かれた小さなタグがついている。
ただそれだけの短い言葉なのに、遠い国の誰かの命を思う気持ちが、そっとそえられている。


政情不安のただ中にいる子どもたちのポケットには 何が入っているのだろうか。石ころか、拾ったコインか、パンのかけらか。
どんな状況にあっても子どもたちは 自分だけの宝物をしまい込むだろう。
そこに「WAR」というメモ紙が紛れ込んでいないことを願う。


ポケットをたたいてみる。
すると、子どもが帰ってきて服を脱ぎ散らかし、私は洗濯機の前でポケットの縫い目に食い込んだ砂を払っている夕方の光景がよみがえる。
ポケットの中の砂は、めんどうの象徴ではなく、私の手のひらに落ちてきた「平穏でかけがえのない日々のかけら」だったのだと、今になって気づく。


ポケットは、時間・記憶・日常が境目なく溶けあう不思議な時空間。
手を入れるたび、胸の奥で何かが揺れる。


山本ふみこさんからひとこと

愛情を感じます。
詩的な表現は、読み手の、胸のポケットに、おさまってゆくようです。
この構成、真似したくなりますし、真似してみましょうとおすすめもしたいところですが、散らかりには注意しましょう。あれやこれやを盛りこみ過ぎると、魅力が薄まります。


通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。