2026年06月30日

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。ハルメクeventsでは、参加者が提出した作品の中から山本さんが選んだ「みなさんに読んでもらいたい作品」を公開しています。
第11期6回目のテーマは「ポケット」。坂本倫美さんの作品「ホタル」と山本さんの講評です。
家の座敷に横額の書が掲げられています。
「なんて書いてあるのかな」
と親戚のおじさんに聞かれるが、よく知りません。生前母は、
「偉い人に書いてもらったけど、なんて書いてあるかは聞けなかった」
と言っていました。
額はそこにあるのが自然で、書や意味など気にしたことはありませんでした。
その日は、姪の2人目の赤ちゃんのお宮参りで、縁のある人々がわが家に集っていました。私は料理や飲み物の準備、姪の着付けなどで忙しく、ゆっくり書の鑑賞をしている場合ではありませんでした。
まだ5月というのに夏のような暑さです。近くの神社にお参りし、鎮守の森を背景に写真撮影する間、赤ちゃんやその母に日傘で影を作り、汗を拭いて水分補給させ、もう1人の走り回る子のお守りをするなど、集った人々はよく動き、赤ちゃんの幸せと健やかな成長を願う気持ちが、ぎゅっと濃くなったような時間でした。
落ち着いてから、額を観て書いてある文字を読もうとしてみました。
「萬事是先人」と書いてあるような……
「ばんじこれせんじん」と読むのかな?
きっとそうに違いない、とりあえずそうしておこう。
意味は2つ、万事を作ってくれた先人への感謝、もう1つは何事も人間性、関係性、人の育成が優先であるとの意。人が一番大切、ということでしょうか?
お宮参りの赤ちゃんの人生の門出にふさわしい言葉だったんですね。これまで気にもとめなかった額が、とつぜん私の中で重みを持ったありがたい存在になっていました。
祝いのうたげのあと、家の裏口に続く細い草道を歩いていました。チカッ、チカッと暗闇で光るものがあります。光にいざなわれ小さな空地に着くと、草壁一面に、宇宙の星をちりばめたのかと思うほど、蛍の群れが光を放っていました。息をのむとはこうゆうことかと、しばし固まって見とれていました。
蛍はたしか、水のきれいな小川などに生息するんじゃなかったのか?
わが家のそばの川もない小さな空地の草むらに……、なぜ? たくさんの感情があふれ、疲れすぎて、幻覚をみているのではないかしら、頭を冷やしてからもう一度、と思いました。
30分後、再び暗がりのなか歩を進めて、そーっと目を開けると、なんとなんと、本当に蛍たちはいたのです。美しく怪しくきらめく光を放って。
「フウーッ」ため息がでました。
今日はなんていう日だろう!
心の中が、なにかわからないけど、いっぱいに満ちたような1日だったな。
うつくしい随筆が生まれました。
倫子さんの少しうしろについて、書を覗き、鎮守の森を歩き、草道からチカッ、チカッと光るものにみとれるような。
今日はなんという日だろう!
という結び近くの1行に、ドキッとしました。
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。