2026年07月31日

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。第12期が7月から始まりました。ハルメクeventsでは、参加者の提出作品の中から山本さんが選んだ作品を公開しています。
第12期1回目のテーマは「呑気」。クメハルさんの作品「ワタガシ」と山本さんの講評です。
私、旅客機のパイロットです。まもなく60歳。国内線、国際線、両方飛びます。
願うなら、カッコいいイメージをお持ちいただければ、本人喜びます。
朝のセミの鳴き声。今日一日の暑さを予感させます。少し高台から見渡せば、きっと、空のどこかに大きな白い雲が見えるはずです。遠くかもしれない。近くかもしれない。
羽田空港を離陸し、福岡へと機首を向ける。高度を上げると、白く輝く雲のかたまりが見えてきます。広島あたりでしょうか。壁のようです。入道雲とかなとこ雲(それぞれ「積乱雲」「塔状積雲の頂上が広がっている過程」のこと)が、肩を組んでこちらを睨んでいるので、壁のように見えるのです。このような雲の中には入りません。仮に入ったとすると、どうなるでしょうか。氷の玉によって、調理器具の肉たたきハンマーに連続で叩かれたようになり、電車の鉄橋の真下にいるような、恐ろしい音がします。ローラーすべり台の時のような振動となり、目の前の計器の数字が、幾重にも重なって見えます。左右の翼の揚力が細かく変わるので、小刻みに機体はロールします。対流性の雲なので、上昇降下を短時間に繰りかえします。なにより、安全ではありません。ベルトサインを点灯させ、機内アナウンスをします。
雲のよけ方ですが、飛行機は重く、性能限界からこれ以上の上昇は無理。下に潜るのは燃料消費の観点から現実的ではありません。左の風上はエリアの制限があります。右の風下は雲を回り込んだ風で激しく揺れます。
こういう時は──。
その雲に近づきながら、少し呑気に観察します。観察というより、観測、監視と表現したほうがよいでしょうか。すると、しだいに、風の速さが高度によって異なること、対流の方向が単純ではないことが見えてきます。立体的にとらえると、綿菓子と一緒です。巨大なワタガシ。隙間があって、強い風でねじれているように見えます。
雲が近づいてきました。
ねじれの隙間を狙って、高度を少し変えながら、針路をズラしてよけます。その間の数分、緊張で息を止め、奥歯をかみしめています。うまくいけば、多少揺れたとしても、どこかでカタカタと音が聞こえる程度の揺れで済みます。
通り抜けました。
目の前には真っ青な青空が広がって……、いません。つぎの雲が威嚇しています。
私はパイロット。
出来れば、極力、かっこいいイメージをお願いします。
クメハルさんは、「ハルメクエッセー講座」初めての男性のお仲間です。とてもうれしい! です。
ひろがっているのは、空の上のものがたり。
「肩を組んでこちらを睨んでいるので、壁のように見えるのです」
のくだりを読んで、くらっとしました。
エッセーのなかに、ひとつでも、こんな1行が書けたなら、書き手は面目躍如。そればかりではありません、その1行に出合えた読み手のこころもふるえますね。
大仰なところのない、さりげない描き方を、皆さんもどうぞ味わってくださいまし。
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。