2026年01月31日

<ハルメク エッセー講座作品集>「とおい きおく」堺なおこ さん


随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。ハルメクeventsでは、参加者の提出作品の中から山本さんが選んだ作品を公開しています。
第11期1回目のテーマは「布団」。堺なおこさんの作品「とおい きおく」と山本さんの講評です。


とおい きおく

今から60年以上も前の、真冬のさっぽろ。

氷点下15度を下回る日も珍しくなかったのに、その頃の木造家屋には、まだ断熱材というものがほとんどなかった。
当時私たち家族は札幌のはずれ、小野幌(このっぽろ)の古い公宅に住んでいた。
そこは突貫工事で作られたと思われる外壁が板張りの平屋住宅。
外気がそのまま家の中へ入り込む。
隙間風は容赦なく、家じゅうを走り抜ける。

開拓の面影がまだ色濃く残る土地。
真冬になると、空気そのものが白く凍てつき重い質感を喉の奥まで押し込んでくる。
就学前の私たち3人姉弟は、身を寄せ合って日中の寒さをしのいだ。

夜になると、布団が3枚、並べられる。
けれど温かいどころか、畳の下から冷気がじわりと上がってくる。
家の中なのに、吐く息が白い。
そんな夜は、祖母が台所からブリキの湯たんぽを抱えてくる。
古い毛布を縫い直して作った袋に包まれた湯たんぽを、
「ほら、足元に入れてごらん。あたたかいよ」
そう言って、そっと布団の中に潜らせる。
湯たんぽのぬくもりが、ゆっくりと身体に移ってくる。

やがて子どもたちは深い眠りへ落ちていく。

しかし、夜の冷気はさらに厳しさを増す。
吐く息の湿気で布団のへりが凍り、信じられないかもしれないが、朝にはパリパリに固まっている。
吹雪の夜には、隙間から入り込んだ雪が畳を白く覆うこともあった。

どんなに寒い朝でも、6時を過ぎると居間から温かい空気が漂ってくる。
母が達磨(だるま)ストーブに石炭をくべるのだ。
まるで本物の達磨のように、真っ赤に燃えるストーブが家の中心で息づき始める。
布団から顔だけ出すと、冷たい空気の中に、その熱がゆっくりと流れ込んでくるのを鼻腔で感じる。

子どもたちは昨夜の湯たんぽを抱えて起き、まだほんのり温かいそのお湯で顔を洗う。

祖母の湯たんぽ。
母のストーブ。
子どもたちの小さな朝のならわし。
不自由だったけれど、あの凍てつく日々には不思議な安心感があった。

そのすべては、もう二度と戻らない。

北海道は高気密住宅が主流となり、達磨ストーブの姿も消えた。
やがてこの記憶も私の中から消えてしまうかもしれない。


山本ふみこさんからひとこと

大事な記憶ですね。
なおこさんが子ども時代に経験されたほどの寒さは、わたしの記憶にはありませんが、思い返せば、かつては、いまよりもずっとずっと寒かった……。東京の子どもでしたが、霜柱とつらら、しもやけが身近にありました。

「ほら、足元に入れてごらん。あたたかいよ」
という、おばあさまの台詞。

やがて子どもたちは深い眠りに落ちていく。

うつくしい表現に打たれました。


「通信制 山本ふみこさんのエッセー講座」とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師の随筆家 山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。


第11期作品集・第1回テーマ「布団」

「朝のルーティーン」けらけらさん
「親戚が泊まる」米澤千枝さん
「おわわ」大井洋子さん